プロフィール最終更新日:
- はてなID
- stak6338
- ニックネーム
- 仕事で英語@タック
- 一行紹介
-
まだ間に合う!忙しい社会人でも一日15分で中学生レベルから日常会話レベルまで3ヶ月でマスターできた『ゼロからの最短英語習得法』
- 自己紹介
-
どうも初めまして。
タック26歳です。
以前は390点だった
TOEICが今では
910点に上がり、
同僚よりも責任の
大きい仕事を任せて
もらえるようになりました。
その分手当も多めに
もらっているので、
海外旅行の頻度も
1年に1回から
半年に1回行けるようになり、
「今」を楽しむ人生を
送れています。
しかし、
こんな自分が
ブログを通じて
全く想像できませんでしたし、
今でも信じられない思いです。
なぜなら、
その結果はどれも中の下。
ビリから数えたほうが
早いくらいの
成績だったからです。
やっても面白くない
という負の連鎖に陥っていました。
生きていけるでしょ」
と開き直ろうとしましたが、
将来のことを考えると
「履歴書の資格の欄にTOEIC390点って書かないといけないのか」
「せっかくの海外旅行が存分に楽しめない」
そんな将来なんか絶対に嫌だなと
考えれば考えるほど、
気持ちが焦ってきました。
そして、私が大学4年生になった時には
強く思うようになりました。
「実際に海外に行くこと」
だと考えていたので、
もちろん経済的に非常に
厳しかったので、
奨学金を借りましたし、
と私も私の周りの人も思っていたので、
留学が決まっただけで
「こういう仕事をして~、
こんなものを買って~」
また、
羨ましそうに私に話してくれました。
しかし、
現実はそう甘くはありませんでした。
もちろん、
アメリカに到着したばかりの頃は
言っていることを一生懸命
聞き取ろうとしました。
でも、
という言葉を来る日も来る日も
シャワーのように
浴びせ続けられたので、
2週間も経たないうちに
外国人と一緒に行動したり、
怖くなってしまいました。
いわゆる
「英語恐怖症」
「外人恐怖症」
になってしまったのです。
それからは
クラスメートばかりと
遊ぶようになりました。
話したくなかったので、
決めておいたバスで
一緒に登校し、
放課後も
家に帰るかの2択しかありませんでした。
家に帰った後も、
「I’m full」「It’s good」
といった最低限の言葉だけ発して
やり過ごしていました。
最初は
「せっかくアメリカにいるのに、
と考えていましたが、
長期留学をしている
というよりは
“長期旅行”をしている
という感覚になってきました。
という人が多かったので、
遊ぶ相手には困りませんでした。
しかし、
苦労しませんよね?
言うまでもありませんが、
私より遅く来た留学生に
どんどん追い抜かれていきました。
することしかできなかったので、
教室にいる誰一人として
興味を持ってくれず、
「ああ、やっぱり英語ってつまんない」
と以前より強く思うようになりました。
アメリカにいるだけで
英語が話せるようになる
と思っていた私ですが、
英語力が変わらないまま
7ヶ月の月日が経ちました。
そんなとき、
私の両親から
「英語を使わないなら
今すぐ日本に帰って来い」
という内容の長文メールが届きました。
伝えたらしいのです。
いいかなと思いました。
しかし、
「あいつただ遊んで帰ってきたんだ」
「あんなに意気込んでたのに結局これか」
という反応や
悔しさがこみ上げてきて、
という決意に変わりました。
と言っても英語は話せないまま。
いないしどうしよう」
と悩んでいたときに、
同じホームステイ先にフーン(Hoon)
その男性はすでに働いていて、
と言っていました。
夜ご飯を食べていました。
年齢が40代後半ということもあり、
私をよく可愛がってくれました。
抵抗があった私ですが、
彼が私にも理解できるように
ゆっくりと話してくれたので、
なんとか意思疎通はできました。
そこで、
フーンに聞いてもらうことにしました。
電子辞書を片手に
たどたどしい英語で話していたので、
話し終えたときには夜中の
2時を回っていました。
そのときに聞いた話ですが、
彼はこれが初めての
「じゃあなんでそんなに英語上手いの?」
と聞いてみると、
驚くべきことに彼は
というのです。
最初は
その方法を教えるのを嫌がっていましたが、
私が
毎晩部屋に押しかけて
お願いしていたので、
7日後の夜にとうとう
教えてくれました。
彼が
などをみっちり教わりました。
それらは、
超えたものばかりでした。
そして、
その方法を知り
実践したおよそ60日後には、
ある変化に気付いたのです。
「あれ、英語が聞き取れる!!」
という感覚が私を襲いました。
さらに、
等しかった私が、
クラスメートを笑わせることが
できるようにまでなったのです!
それから、
仲良くなるのに
時間はかかりませんでした。
以前に
特に仲良くなり、
ふるまってくれました。
私が
帰国する前日には、
お別れパーティーを
開いてくれました。
使ったムービーを
最後に見せられた時は、
めったに泣かない私も
目頭が熱くなりました。
それと同時に、
すぐに就職活動が待っていました。
私の頃はちょうど
「就職氷河期」
と呼ばれていた時代で、
内定が無いまま
年が明けそうだと嘆いていました。
しかし、
私はフーンのおかげで身につけた
運が良いことに3つ内定を
もらうことができました。
自ら名乗り出て行い、
25歳の時に
なることができました。
同期よりも高い給料を
もらえるようになったので、
海外旅行に行くことも
多くなりました。
取れるようになったので、
有給を消化するついでに
フーンが教えてくれた方法が
自分なりに考えてみました。
議論を重ねた結果、
最も影響が大きかったことは
だと判明しました。
これこそが、
どん底にいた私を
他の人が届かないくらい
高いところまで
引っ張り上げてくれた
1番の要因だったのです!
そして、
改めてフーンの勉強法を
見直してみると
とんでもないことに
気が付いてしまいました。
それは、
この方法さえ
知っていれば
ということです!!
その驚くべき方法を
文章に落とし込みながら
まとめることにしました。
細かく説明し、
他の余分だと感じたところは
思い切って削りました。
というのも
飛び出てくる方法」や
「楽しく英語に触れる
機会の作り方」
のほうが
興味ありますよね?
はじめは留学したおかげで
英語力が伸びたと
思っていたのですが、
それは間違っていました。
なぜなら、
この方法を私と同じように
英語ができなかった
友達と試したところ、
およそ2ヶ月で
したからです。
もちろん彼は
その後話を聞いていると、
数回の海外出張を
経たのちに
ついに
連絡がきました!
また、
地元の友人に
思っていると相談されたので、
「まずはこの方法を
60日間試してほしい」
と伝えました。
彼女は
半信半疑で
その方法を眺めていましたが、
約2ヶ月後には顔を輝かせながら
とヨーロッパに飛んでいきました。
他にも、
私より1年早く社会人になり、
英語ができないせいで
社内での評価が
下がって悩んでいた
かつてのクラスメート3人に
渡したところ
3人とも英語が上達し、
結局、
性格が違くても
今の英語力が低くても、
正しい方法さえ知れば
しゃべれるようになるんだな
と実感しました。
この方法は、
あなたの出口の見えない
解消するだけでなく、
しっかり英語を
これを読んでいるあなたは、
「早くこの方法が知りたい!」
と思っているかもしれませんし、
はたまた
「そんな方法あるわけない。
と考えているかもしれませんね。
ですが、
一つだけ言わせてください。
「英語は
間違いなく豊かにする」
ということを!
私のブログを
いつも読んでくれているあなたには
やりたい仕事ができるのに」
とこれ以上考えてほしくありません。
まずは
1歩踏み出してみましょう。
なんでもいいのです。
「外国人と付き合ってみたい」
などなど。
あとはあなたが
「英語を話せるようになる!」
と決断するだけです。
これからも
私が持っている
忘れずに目を通して
くださいね。
私と一緒に英語を
マスターしていきましょう!
ではまた。
- 性別
-
男
- 血液型
-
A
- 住んでいるところ
- 趣味
- 言語