下村大輔

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やる&たい

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下村大輔
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やる&たい

Self introduction

インタビューガイド

1.あなたのプロフィールについて教えてください

a)現時点での年齢

47歳

b)最終学歴

兵庫県立高砂南高等学校卒業

c)ご職業

無職

2.あなたの心の病について教えてください

a)心の病になった時期、状況

2000年21年前25歳の夏、5年ぶりに偶然再会した友人に病院へ連れていかれた。音楽バンドが解散したのをトリガーに発病した。

b)診断された年、診断名

双極性障害あとADHDの薬も飲んでいます。

c)主な症状

鬱、睡眠障害、ずっと泣いていました酷い時は何を食べても砂を噛んでいるようで吐いてしまうのでミニストップのソフトクリームしか食べられなかった。頭の中に黒い塊が現れてそれがどんどん大きく重たくなってとても辛くて悩まされました。

d)現在までの治療経過

最初は病識を持てなくて薬を飲んだり飲まなかったり病院へ行ったり行かなかったりしてドクターショッピングも沢山しました。入院は3回しました。

2013年8年前から現在の病院に診てもらっている。

3.あなたが6ヶ月以上おおむね自宅にとどまり、他者との交流がほとんどない状態になったときのことを教えてください

a)自宅から出る事が少なくなり、他者との交流がなくなりはじめた時期、経緯

21年前25歳の夏、病院に連れて行かれた後、東京での一人暮らしから千葉の実家に引っ越ししてそれからひきこもり状態が始まりました。

b)長い間自宅にとどまっていたときの状況

i.日常生活(食事、買い物、洗濯、掃除、睡眠など)

ほんとうの事なのですがよく覚えていません。

ii.家族との関わり

その時母親と二人暮らしだったのですが朝母親が仕事へ出掛けて夕方帰ってくるまで僕がずっと部屋に居続けて寝たきりなのが何週間も続いて母親が眉間に皺を寄せて「2階のあんたの部屋には悪魔が住んでいる」とノイローゼっぽくなって沢山の皿が割れたりドアが壊れたり色々あってそんな日がまた何週間も何週間も続いてその状態に耐えられなくなった母親が「あんたが出て行かないんだったら私が出て行く」って知り合いをたどって英語も喋れないのにオーストラリアの牧場に一年間働きに行きました。

iii.家族以外の人との関わり

iv.学業や仕事への影響

4.6ヶ月以上おおむね自宅にとどまり、他者との交流がほとんどない状態から、外に出て社会との交流をもてるようになったご経験について教えてください

a)長い間自宅にとどまっている状態から、徐々に社会での活動を再開していくプロセス

i.外に出て社会との交流をもちたいと明確に考えた時期、きっかけ

母親が出て行って一人でひきこもっていた時夜中にコンビニに食べ物を買いに行った帰り道歩きながら今俺家族や幼馴染の誰が死んでも悲しくないし今俺が死んでも家族や幼馴染の誰も悲しまないと思って今の自分の状況は異様なんだと気付いてゾッとした。母親がオーストラリアへ行く前に「人だよ」って捨て台詞をはいて言ったのを思い出し今の俺の状況は変だ何とかしなければと思いました。

ii)外に出て社会との交流を再開するために自身で取り組んだこと、努力したこと

けやきと仲間に行き始めて最初半年ぐらいは緊張してみんなが笑っていたら自分が笑われているように被害的に感じてしまったり笑っても顔が引き摺って上手く笑えなかったりしていたのですがこれはリハビリだって自分に言い聞かせて最初は短い時間少ない日数から少しずつ少しずつ増やしていきました。

iii)社会での活動を再開していく中で困難を感じたこと、乗り越えた方法

b)長い間自宅にとどまり他者との交流がほとんどない状態になっていたときのサポート

i).社会での活動を再開する上で、支えになったと感じる家族との関わり

ii).社会での活動を再開する上で、支えになったと感じる家族以外の人との関わり

iii).社会での活動を再開する上で、支えになったと感じる出来事や支援

よく木に抱きついてわんわん泣いていました。

iv).社会での活動再開に向けて、あったらよかったと思う他者との関わりや支援

c)長い間自宅にとどまっている状態から現在までに再開することができた社会活動

i.外に出たり、他者と交流したりできるようになった時期、きっかけ

ii.「けやきと仲間」を利用するようになった時期、きっかけ

母親がオーストラリアへ行く前に役所で調べてけやきの存在を知りました。母親がいなくなり一人で家にひきこもっていてけやきに初めて行きましたその時は少しだけ行ってでもすごくしんどくて行かなくなってその後色んな仕事をしてでもミスばかりしたり仕事を覚えられなくて何度も首になってそして調子も良くなったり悪くなったりして働いたり辞めたりを繰り返してそして最初の入院をして退院してでも働く仕事をする事が唯一社会と接する事だという固定観念があってそんな時親父に「人生で何々をしなければいけないなんてないんだ何々をしたいからするんだ」と言われて「仕事以外に何かないのか」と言われてけやきと仲間という場所の存在を思い出しました。

iii.「けやきと仲間」で主にやっていることや参加してきた行事など、活動内容

野良仕事やスポーツ、ピアサポートのボランティア、フェスティバルの司会など。

iv.「けやきと仲間」の利用を継続していてよかったと思うこと、嬉しかったこと

けやき以前は病気の症状もあってずっと独りぼっちで友達もいませんでしたがけやき以後はメンバーさんボランティアさんスタッフさん沢山の友達ができて本当にけやきと仲間は大袈裟では無く命の恩場所だと思っています感謝の気持ちでいっぱいです。

v.就労経験の有無

主に肉体労働を色々最後だけ知的障害者のヘルパーを3年間していました。

vi.「けやきと仲間」以外における、他者との交流などの社会活動

もう一つ地域活動支援センターあすぴれんとに通所しています。

d)今後の社会での活動

i.これから取り組みたいこと、継続したいこと

音楽や映画や絵本など色々と創作活動をしてきたのですがでももうそういうのはやり切った感があってこれからは第二の人生が始まっている感じです。

ラジオ体操とプールとスケジュール手帳、日記と家計簿、規則正しい生活と決して疎かにしない食生活を継続したい。

ii.就労に関して考えていること

いつかは自活したいと思っています。

半分ハッタリなのですが自分で仕事をつくりたい気持ちがあります。

5.現在6ヶ月以上おおむね自宅にとどまり、他者との交流がほとんどない状態になっている方を支援したいと思っている人に、メッセージなどがあれば教えてください

ひきこもっている状態は人恋しいのと人が怖いのと二つの気持ちがあってとてもしんどいです。ひきこもっている期間が長ければ長いほど外に出るのが大変になってくると思います。脱するには勇気が必要です。自分の力だけではどうにもならない状態の人が沢山いると思います。家族とだけ接していても駄目で家族以外の人と接する事が大切です。粘り強い支援ともしかしたらとても長い時間が必要かも知れません。